欲しいものは、すべて手に入る

Fate and fate can be overcome

溺愛されたいなら「○○で生きてみる」

 

 

こんにちは、ERENAです。

 

 

先日別のブログをご紹介させていただいたのですが、

さっそくアメブロの方も読んでくださった方がたくさんいまして

とても嬉しく思います*

ありがとうございます(*´▽`*)

 

 

前回も書きましたが、

アメブロの方はかなり抽象的な内容ではあるので、

少しでも「面白い」とか

「心が満たされた」とか

気持ちが前向きにシフトする一つのきっかけとなれば幸いです。

 

 

 

 

さて、今日は「幸せの定義」について書いていこうと思います。

 

 

 

 

 

 

 

「幸せ」=なるもの?  or   掴むもの?

 

これまでたくさん恋愛相談になってきて、

現在も無料コミュニティ「Felice Stage」の方から

メールをたくさん頂きます。

 

 

 

 

私自身も実はここ半年間で

自分でも驚くような出会い、そして学び、気づきを経験してきました。

 

 

 

 

正直、本当に自分の人生や価値観がガラっと変わりましたし、

自分の変えるべきところや、

人を想っているようで結局は自分のことしか考えていなかった自分など

未熟すぎる部分に気づかせてくれる人との出逢いがありました。

 

 

 

その方とのエピソードは

また別の機会に書こうとは思っていますが、

たくさん気づきを得る中で、

最終的に辿り着いたのが

 

 

 

「幸せ」は

”掴む”ものでも

”なろう”とするものでもない

 

 

 

ということです。

(あくまで私の中で辿りついた考えです)

 

 

 

 

 

どういうことか?

 

 

 

 

 

私は昔から(変わっているのかもしれませんが)

「幸せになりたい」と強く想ったことはなかったんですね。

 

 

 

 

どちらかというと、

常にその瞬間が「幸せ」だと想っていたからです。

 

 

 

 

というよりも、

自分で「その瞬間の幸せ」を見つけていたように思います。

 

 

 

幸せは人それぞれ、違って当たり前

 

 

ただ、

人によって「幸せ」って違いますよね。

 

 

 

 

お金持ちで高級なものを買えたり

リッチな生活をすることが「幸せ」と感じる人もいれば、

一人で何か黙々と集中して好きなことができることが「幸せ」な人もいて。

 

 

 

はたまた、

一人よりも大人数でわいわい盛り上がって

仲間と過ごすのが「幸せ」と感じる人もいれば、

 

都会よりも田舎の大自然の中で

のんびーり過ごすことが「幸せ」と感じる人もいる。

 

 

 

 

・・・・と考えると、

「幸せ」って本当に人それぞれ。

 

 

 

 

で、「幸せ」の定義は、人の数だけあると思うし、

100人いれば100通りの考え方があるように、

100通りの違った幸せがあっていいんじゃないかなって思ってます。

 

 

 

 

○○するから幸せ=本当に幸せ?

 

 

よく、恋愛相談を乗っていると

「結婚したい」という内容が本当にたくさん多いのですが、

「そもそもどうして結婚したいと思ってるんですか?」と尋ねると、

 

 

 

周りがどんどん結婚し始めたから

年齢的にそろそろ焦り始めたから

このまま一人で過ごすのは寂しいから

 

 

 

など、いろんな理由をあげてくださるんです。

 

 

 

いつも私は感じていたことは、

「それって本当に結婚したいと思っていないんじゃないかな~」ということ。

 

 

 

 

 

世間的にも、昔からも

 

 

 

「結婚したら幸せになれる」

 

 

 

という価値観があるような気がするんですけど、

もしかしたらその影響を少なからず受けていないかな~って。

 

 

 

結婚って決して人生のゴールではなく、スタートなので

正直大変なことの方が多いです(笑)

・・・一応結婚7年目だったりします。笑

 

 

 

 

色々な人を見てくると、

多くの人が「結婚したい」が先に来ているような気がしています。

 

 

 

私が想うに、まず大前提として大事なのは

 

「この人と一緒にいたいから」

 

という気持ち。

 

 

 

相手のどんな面を見てきても、

嫌な面も良い面も全部ひっくるめても「一緒にいたい」

 

 

 

その純粋な気持ち。

 

 

 

 

まずこの気持ちがあってから

次に「結婚」という形を取るのが自然といいますか、

そういう流れで結婚に至った夫婦は、

なんやかんや問題が発生しても乗り越えていっているように思います。

 

 

 

 

「結婚」は決して難しいものじゃない

 

 

そしてここからは少し耳が痛くなる人もいるかもしれませんが、

「結婚」って実はそんな難しいものではないのです。

 

 

 

 

私は昔から結婚願望が本当になくて、

仮に結婚するとしても「事実婚が良いぜ~」とか言ってましたし、

今も当然ですがないので、

ゆくゆくは事実婚になりたいな~とさえ思っているくらいなのですが、

お付き合いした男性には何故か毎回「結婚したい」と言っていただけることばかりでした。

 

 

 

これは決して「自慢」をしたいわけではないので

誤解をしていただきたくないのですが、

何が言いたいか?というと、冒頭に繋がります。

 

 

 

 

 

「幸せ」は、

”掴む”ものでもなく

”なろう”とするものでもない

 

 

 

 

なぜなら、

「幸せ」はいつもすぐ傍にあるから

 

 

 

 

 

一瞬一瞬の小さな幸せに気づいて生きている人って

いつも「幸せオーラ」が充満しています。

 

 

なので、ちょっとしたことでイライラもしないし、

誰かに何か言われても

「そっか~この人はこういう伝え方するとこう感じるんだな~」

という捉え方になっていきます。

 

 

 

 

 

逆の立場に立ってみてみましょう。

 

 

 

いつも不平不満や文句を言いながら

イライラオーラをまとっている人と、

 

忙しそうだけど、

なんか楽しそうに活き活きしながら生きている人がいたら?

 

 

 

後者のほうが、キラキラして見えちゃいますよね*

 

 

 

 

「幸せ」オーラが充満している女性の魅力度は凄まじい

 

だから私は

幸せって、いつも隣り合わせだと感じています。

 

 

 

小さな幸せに気づけるようになると

キリキリしなくなってきますし、

むしろどんな場所でも楽しそうに活き活きと生きることが出来るようになるので、

男性ってそういう女性に惹かれるものなのです。

 

 

 

 

 

今このブログを書いている瞬間も幸せです。

 

 

 

 

 

ゆったりとした時間が流れる中で、

のんびり書かせていただけているこの状況に

「ありがたいな」と感じます。

 

 

 

こうやってブログをのんびり書くことが出来るのも、

保育園の先生たちが子供たちを見てくれているおかげですし、

旦那さんも私のやりたいことや夢を尊重してくれて

「自由に好きなだけやっておいで」と言ってくれているからだし、

 

 

 

今この瞬間、私がより幸せを感じられるようになったのも、

ここ半年間たくさん本音でぶつかってくださった人がいてくれたおかげだし、

そして今も大事に大事に接してくれているおかげなんです。

 

 

 

 

そういうことを日々感じながら生きていると、

あまり現状に「不満」というものが生まれなくなってきます。

 

 

 

「どうして私ばっかり」とか

「なんでいつもこうなんだろう」という

ネガティブ思考も不思議と生まれなくなります。

 

 

 

 

それは、

 

「私」という存在を

心から信頼して愛してくれる存在が居てくれるとわかっているから

 

 

 

そしてそれは何よりも大きな「自信」に繋がってきます。

 

 

 

 

仮に今はいろんな事情があって

離れ離れになっている人もいますが、

確かに私のことをちゃんと想って愛してくれていることが

伝わってくるんです。

 

(伝わってきたものを言語化しているのが↓こちらのブログ↓)

ameblo.jp

 

 

 

不思議なんですけどね、

体は離れていても、心がちゃーんと繋がっている人とは、

なんとも言えない「安心感」を感じるのです。

 

(ちなみに心の深い繋がりを感じあえる相手を「ソウルメイト」と呼んだりもするようです。

ソウルメイトは、魂同士が出逢うことを約束した者同士だと言われています。

 

 

 

それを感じられるようになると、

一人でも「幸せ」や「愛」をちゃんと感じられて、

安心できて、自分がやりたいことをとことんやっていける自分になります。

 

 

 

「本音で生きている人」はとことん愛される

 

 

私はそういう人が増えていったらいいなと想っていますし、

一瞬一瞬、自分の内なる声を素直に聞くことが出来ていけば、

自分だけの幸せの定義にも気づいていけますし、

 

 

本当はこういうことがやりたかった

こんな風に生きたかった

本当はあの人にこういうことを伝えたかった

 

 

という、自分の中の「本音」に出会えます。

 

 

 

 

 

そして不思議なのですが、

自分が本音で生きていると、びっくりするぐらい愛されます。

 

愛されるどころじゃありません、溺愛されます。

 

 

溺愛です、溺愛!笑

 

 

 

 

なぜなら、私は30年間いつもそうだったからです。

 

 

 

 

 

常に、本音で生きてきました。

 

 

 

嫌なことは嫌だとハッキリ言いますし、

そういうことをされたら悲しくなる!という気持ちとか、

逆にこういうことをされたらとっても嬉しい!とか、

「あんた全然誰のことも大事にしてないじゃん!サイテー!」とか(笑)

「結局自分が傷つくの怖がってるだけじゃん、小さい男!!」とかとか(笑)

 

 

 

例えそれが誰であろうが言っちゃってました。

(私の場合は言いすぎてしまう部分もありますが・・・・)

 

 

 

 

ただ、逆にそれが良かったみたいで、

 

 

 

「こんなに全力でぶつかってきてくれる人はいなかった」

「自分のダメなところを本気で叱ってくれる人は初めて」

 

 

 

そんな風に言っていただくことが多く、

その反動なのかどうか?はわかりませんが、

 

 

その後は、信じられないほど大事にされます。

 

 

 

そして最終的に行き着くのは、

 

 

「君じゃなきゃだめ」

 

 

 

になっていきます。

 

 

 

 

 

そして男性にとっては、

「唯一無二」の存在になれます。

 

 

 

 

 

もちろん、本音でぶつかるので

傷つくこともたくさんありましたし、

「ホント無理!」とか

胸が抉られるような気持になったこともありますから、

「良いことばかりではなかった」のが正直な所です。

 

 

 

ただその分だけ、

相手からの愛がたくさん返ってきたなという感覚です。

 

 

 

 

本音で生きることは怖いことじゃないから

 

 現代社会は、本音と建前があって、

どちらかというと本音が言いづらかったり、

もともと日本人は気配りができる人が本当に多いので、

「相手に悪いかもしれないな」という気持ちが優先して、

自分の本音を内にしまい続けている人ってすごく多いと思います。

 

 

 

 

だからこそ、本音で生きている人って

最初こそは「なんだこいつ」って思われますけど(笑)

堂々と自分に正直に生きているように見えるそうで、

何だか清々しく映るんだそうです。

 

 

 

 

自分が本音でぶつかっても、

本音でぶつかることを避けようとしたり逃げる人の方もいますが、

私はそれはそれで良いと想っています。

 

 

 

私は本音で生きたい

 

でも、彼は本音で生きたくないんだ

 

 

 

ただ、それだけの違いだと想っていますし、

相手を変えようとも思わないので、

「それなら私たちは価値観が違うから離れましょっか」だけの話になるのです。

 

 

 

そうやって自分に素直に生きていると、

「本当の自分」、丸裸な自分を見て「好きだ、一緒にいたい」

 

 

そう言ってくれる異性と出逢うことが出来ます。

 

 

 

 

 

そのためには、

今この瞬間の「幸せ」に気づくこと。

 

 

 

 

一瞬一瞬、小さな「幸せ」に気づけていると、

不思議とどんどん雪だるま式に

自分でもびっくりするぐらいの幸せがやってくるものです。

 

 

 

 

 

私は、このブログを通してもそうですが、

私と何かしら関わる中で、

その人にとっての「幸せ」に気づけるお手伝いが出来たらいいなと想っています。

 

 

 

 

 

ぜひ、今この瞬間から

小さな幸せに気づいていってみてくださいね*

 

 

 

 

「幸せ」も「愛」も

いつもあなたのすぐ傍にあります♡

 

 

 

「愛される」を超えて

溺愛される女性たちが

どんどん増えていきますように・・・*

 

 

 

 

それでは、また。

 

 

 

 

ERENA